私にはこれといった肩書も学歴もありませんが、それなりにいろいろ経験はしております。
思春期あたりで霊的体験をいくつかしています。
今まであまり思い出すこともなかったですが、今になって「なるほど~そうだったのか~」と繋がりました。
記録としてつらつらと書いています。良かったら読んでいってください

ざっくりと50年間
1969年2月東京都小岩で誕生。幼少期~小学生時代を千葉県市川市で過ごす。
中学で千葉県柏市へ引っ越すが、手続きのミスで市内で2度転校することに。
当時はヤンキー・暴走族の全盛期で、転校生にはお決まりの「トイレへ呼び出し」など経験。
しばらくお腹の痛い日々が続いたが、気づけばすっかり溶け込み笑顔で卒業。
地元の公立高校へ入学。平々凡々の日々。帰宅部でバイトに精を出す。大人たちといると楽だった。
大学進学は興味なかったが、唯一やりたかった
出版編集関係の専門学校を希望。
なぜか両親に却下される。
貧しくはなかったが裕福でもない、共働きで頑張っていた両親に主張が出来ず就職。
結果やる気も起きず数か月でやめてしまい
フリーターになる。
すぐに実家を出て友人2人とシェア生活。
バンド全盛期。パンクやロックにはまりLIVEに通う。
どんどんunder groundな世界へ落ちて不安に感じる一方、ゾクゾク感じる自分もいる。
一般的な社会人とは完全に相容れない自分。闇の世界にどっぷりつかりそれを楽しんでいた時期。
若い頃、仕事は何をしても長続きせず、唯一3年間続いたのは衣料雑貨店での販売員。店長として3店舗を担当。
他にもエステティシャン、経理事務、営業、結婚相談所、ホテルの受付、ビル掃除、デパート店員…
どれも問題を起こして辞めるというより、自分自身が非常に飽きっぽく、ある程度やったら他を経験してみたくなる…といった状態。そのくせ一つのことに生涯をかける職人業に憧れが強かった。
26歳前後、海外旅行を繰り返していた頃、地元でイギリス人男性と知り合い30歳で結婚。娘1人を授かる。
その後千葉県柏市にマンション購入してその場所に落ち着く。
福祉の仕事がしたくて、保育士と介護福祉士の資格を取得。結局介護の世界で長く勤めることに。
周りは驚くけれど介護職は私の天職だと思えるほど楽しく、1人1人と向き合うことでものすごく勉強させてもらえたと思う。
不謹慎かもだけど、人間観察の場としても自分自身の成長の場としても最高に面白かった。
その後諸々の事情で精神的肉体的に限界を感じ辞職。今に至る。
悩まされたパニック社会不安障害
子供の頃から緊張しやすい性格で、国語の授業で本読みなどがあると顔を真っ赤にして超早口になってよく笑われていた。
その頃はまだそれも可愛らしいとか微笑ましいとか、そこまで問題には感じず、大人になれば自然と治るんだろうと思ってた。
そんなわけはなく、大人になるにしたがって症状は悪化。
特に人前で話すことに自信がなく、最悪の状態の時は声も手も足も震え、心臓は痛くなるほどの動悸で、周囲の人をいたたまれない気分にさせてしまう。
私はなぜか「できる人」と見られがちで期待されることが多くあり、そしてビックリガッカリさせてしまう。
頭の中では言いたいことはハッキリしているのに、言葉にうまくまとめられない。
皆みたいに堂々とカッコよくスラスラとしゃべりたいのに…。話さなくてもいい世の中にならないかな…といつも思ってた。
そんなことが繰り返されて1人でかなり悩んでしまっていた。
生活に支障が出ていたので、カウンセリングを受けてみたけれど効果なし。
結局精神安定剤を処方してもらいお守り代わりに持ち歩く、ひどくなりそうな時に服用する、といったことが20年近くも続いてしまった。
そんな中、唯一堂々と人前に出て自分らしさを出せたのが、37歳で始めたフラ(日本ではフラダンス)だった。踊りとなれば話さなくとも表現出来る。
バンドにはまって髪の毛ツンツンで革ジャン着ていた頃も、こっそりサザンとか山下達郎とか聞きまくるほどの海好き夏好きだったもので、太陽に近い雰囲気のものに強い憧れがあり「いつかやりたいな~」と思ってた。
フラはおばちゃん達がやるもの、というイメージがあるけれど実はグラウンディングには最高の方法だと思う。
地球と繋がりたい人にはとてもおすすめ。
現在は緊張はしても前のような症状にはならず、薬はまったく必要なくなった。
地に足がついてきてフワフワ感が減って軸がしっかりしてきたおかげだと思ってる。
若い頃の霊的体験
霊感が特に強いと思ったこと無いし、そこまでの体験も無い。
ただ一時期、毎日のように悩まされていたことがあったのをセッションを受けたことで思い返してた。
最初に声が聞こえたのが12歳頃。初めて金縛りになったのもその頃だったと思う。
金縛り前は必ず「ピーーーー」という高音の耳鳴りから始まる。
「痛い、痛い、痛い、痛い・・・」と男女の声で交互に延々とハッキリと。
それを皮切りに頻繁に金縛りにあうように。必ず耳鳴りが合図で。
頻繁すぎて、耳鳴りがすると「また来た…あと少しで寝れたのに…」と思ってた。
とにかく酷かったのは中学時代に引っ越した家。
家の前が病院の霊安室という場所(今思うとすごい場所…)で、一時期は毎晩続いていたので夜が来るのが憂鬱だった。
霊道だったんだろうか、ピーーーーの後、私の上を大勢の人が通り過ぎていく。ワイワイとお祭りの人混みにでもいるようにうるさい。怖いので絶対に目は開けないようにしてた。
見てしまったのは人生では2回ほど。お墓参りした日に顔が4つ浮かんでたのと、ベッドの上の足元に中学生くらいの男の子が立ってたくらい。
気配は感じていたけど「死んでも目は開けるかぁ!」と毎晩抵抗していて、気づくと朝になっているといった感じ。
そんな中でも本当に嫌だったのが、ピーーーの後に魂が抜き出ていく感覚。
「これ体外離脱なのかな」と思いながら必死に身体につなぎとめようと抗う。その感覚が本当に気持ち悪くて、フリーフォールで落ちていく時のような感覚。あれが一晩に何度も繰り返される。めちゃくちゃ疲れて気づくと朝。
一回だけ抗うのをやめてみた時があって、そしたら部屋中をすごい勢いでグルングルンと飛び回ってた。なぜか家の外までは飛び出さなかったけど。
そんなことが2年くらい集中的に続いて、その後は徐々に無くなりすっかり忘れてた。
あれが何だったのかセッションでハイヤーセルフに聞いたところ、「肉体と魂がうまく調和していなかった。肉体はこの3次元の世界のもの。魂は次元が違うため不調和がおこります。この世界でどのように生きていけば良いのか、この世界に合わせていった結果、コレはコレで良いと決めたのでその現象がなくなりました。」とのこと。
何度も人間として生まれ変わっていてもやっぱりこの世界は過酷なんだ…じゃあ初めて地球に来た魂達はそれこそ大変な思いをしているに違いない…と思った。
あと、あるあるで、夜中にふっと目が覚める時は高い確率でジャスト2時か4時。もし時計を見てそうだったら霊的なものによる確率が高い。
ちなみに宇宙と繋がった時は3時が多いそうです。
2008年頃に預言カフェで言われたこと
15年ほど前に友人と占い感覚で行ってみた預言カフェ。
当時はまだ今ほどスピリチュアルが世間に浸透してなかったと思う。
預言カフェとは、コーヒーを頂きながら高次からのメッセージを2,3分で伝えてもらえる、というもの。
数人のチャネラーのお姉さんが一つ一つテーブルを回って対応していて、平日にも関わらずものすごい行列だったのを覚えてる。
当時はカセットテープに吹き込んでくれた。すぐに紙に書き起こしといて良かった。もうカセットプレーヤー持ってないし…。
久しぶりに読み返してみると…
- 人生の計画はすでに立てられている
- そのビジョンへ私が導きます
- 天からの贈り物が現れた時、活性化して人々に使ってください
- 人々に流せば流すほど新鮮なものがそそがれます
- 不安を抱かず「何をするべきか」とそういう事にとらわれないでください。
- 癒すという許可を私に与えてください
- 私という存在をあなたに明らかにします。心を備えておいてください。
- あなたを通して私の働きをする
- 胸を張って神の子として堂々と語る日がやってきます
といった内容。「私」とはきっとハイヤーセルフのことだろう。
当時は「なんだか壮大なことを言っている。天からの贈り物って何だろう。なんか宗教っぽいな~。堂々と語る日がくるって…私が?!人前で話せないのに?!」とさっぱり理解出来ず。
そのうち介護という天職について、きっとそのことだったんだ、と納得してすっかり忘れてた。
今読み返してみると…どうだろう?!なんだか今の私に近づいてきてないか??
「私」という存在は明らかになったし、今でもすぐに不安を抱いて「何をすべきか」と考えちゃうし、癒してほしいと思ってる。
でも天からの贈り物って何?人々に使いたいけど一体何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。
タイムラインはつねに変化していて、もしかしたらこんな預言も時効があるかもしれない。
どうか時間切れになりませんように…。
どの道を選ぶのかは自分。今一瞬一瞬も自分のタイムラインを選び取っているわけだから。
自分らしく生きられるように周りの皆も幸せになれるように最善のタイムラインを選べていますように。
もっと楽にスピリチュアルを学びたい
スピリチュアルの世界を知れば知るほど生きるのが楽になるのは間違いない。
この世界の真理が分かってしまえば、確実に迷いが減ってすごく気持ちが楽になる。
スピリチュアル=宗教という概念。確かにそうとも言えるんだけど
スピリチュアルとは「魂のこと」それはイコール「自分自身のこと」
どんなにスピリチュアルを毛嫌いしたって、結局その真理を誰も無視することはできないんだから。
介護の仕事で私が見てきたものは、人生卒業前に人はどのような心持ちで過ごしているのか。
在宅介護だったので自立されている方もいれば、ほぼ動けない方もいて様々。
肉体の老いは自然な事、それを受け入れられる人、つねに悲観している人。
過去の出来事を何度も話して自慢する人、懐かしむ人、後悔する人。
他人に感謝できる人、恨めしく思う人、意地悪な人。物質的なことで他人を評価する人。
いつも笑顔で優しい言葉をかけてくれる人。愚痴ばかり言っている人。他人の事ばかり気になる人。
達観して全てを受け入れてつねに落ち着いている人。
人生で学んでくることは人それぞれで魂もそれぞれの成長をしてきてる。
でも魂の真理と本気で向き合えてる人って私には少数派に見えるし、分かっていても言葉にするのはタブーみたいな。
肉体を脱げば魂一つしか持っていけないのに…誰もがそこへ向かっているのに…。
私はその時どんな人になっているんだろう。準備万端ですべてを落ち着いて受け止められてるだろうか。
スピリチュアルな概念が当たり前の世の中になっていってほしい。
高いお金を出してセミナーを受けなくとも、もっと簡単に学べるようになってほしい。
とりあえず私の周囲の人に無理なく伝えていこう。発信していこう。
そんなことを現在の私は考えています。
この先どうなっていくのかは未知数で全くわからないけれど
目の前のことに集中して最善の選択をしていきたいと思っています。
長々と読んでいただきありがとうございました。
Kurage
